この世に生まれた者は必ず命を終えてゆかねばなりません。
けれども、私たちの限りある人生に、いつでもどこでも寄り添っていてくださるのが阿弥陀如来(あみだにょらい)です。
先立って往かれた故人の生涯も、遺された私たちの人生も、ともに限りない阿弥陀如来のはたらきにいだかれているのです。深い悲しみをご縁として、阿弥陀如来の智慧(ちえ)と慈悲(じひ)を味わわせていただきたいものです。

 浄土真宗(じょうどしんしゅう)の門信徒にとっての葬儀は、永遠の別れを告げる儀式(告別式)ではなく、故人を悼み遺徳を偲ぶとともに、また会える世界(お浄土)のあることを、ともにお聞かせいただくご縁です。
 故人は阿弥陀如来のおはたらきでお浄土に生まれ、私たちを導いてくださる仏さまとなられました。遺された私たちも同じお浄土に生まれ往く仲間であることを感じられるような葬儀を、遺族・親族・有縁の皆様とともにおつとめしたいものです。

家族葬や直葬について

 最近は、近親者のみで故人をお見送りする小規模な葬儀(いわゆる家族葬や直葬)を希望される方も増えてきました。
地域や社会のつながりが強い大分では、葬儀に参列できなかった方が後日自宅に来られて、遺族・親族がその対応に追われてしまうこともありますのでご留意ください。

 葬儀は、故人の社会的なつながりや生前のエピソードなど、遺族・親族がこれまで知らなかったことを知る大切な機会でもあります。
多くの方々との「ご縁」の中で、精一杯の人生を生き抜かれた故人を偲び、「お礼を申したい」との思いを持つ方々とともに、お法(みの)りにあえる葬儀をおつとめしましょう。

(大分教区 大海組 「葬儀のしおり」より)